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「!?」
「……まさ、かげ?」
道重が振り返り、同時に綾鷹がその名を口にする。
「姫さん。ずいぶんと男前になられて、もう姫さんじゃないのか」
「昌景っ!!」
綾鷹は目が覚めたように道重の腕をすり抜けて、道重に似た顔の男に飛び込んだ。
男の手から、薔薇の花束が地に落ちる。綾鷹を受け止め、小さな頭を軽く撫でる。
「そうか、桜華様は亡くなられたんだな」
綾鷹の本来の姿を見て、全てを悟った昌景。
「……今更、何故戻ってきた。昌景」
「今、だからだよ」
同じ顔を持つ相手をお互いが見合わせる。
昌景は、道重の双子の兄だった。
「綾鷹様に合わせる顔も、ないはずだ」
「……そうだな、」
自虐的に、昌景は笑った。傍には綾鷹が昌景に縋りついている。
十年前、昌景は突然姿を消した。
道重と同じく、綾鷹に仕えていたのだが、誰にも何も云わず居なくなった。
「道重、……昌景は戻ってきたんだ。俺は、咎めたりしない」
「綾鷹、さま」
「姫さん、」
昌景が居なくなった頃、綾鷹はわずか五歳だ。その時の記憶は曖昧で、気が付いたら昌景が消えていた。
淋しくて、泣いていたのは覚えている。
でもこうして、昌景は自分の目の前にいる。
昔のことなどどうでもいい。
綾鷹の言葉を聞いて、道重はただ従うしかなかった。
たとえ自分が兄を赦せなくても。
主がそれを望んでいるのなら、
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