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「綾様、」
「みち、しげ」
綾と呼ばれた人物は乱れた着物をそのままに、男を見る。
男は酷く優しい眼差しで綾鷹に触れる。
「肌を出しては、風邪をひきます」
男は着物を直して、主を見やる。
「すまない、」
微笑んだ綾は、低い声をしてはいるものの、その姿は娘だ。
くっきりとした二重、ふっくらとした唇。綺麗な黒髪は肩まで伸びている。
「母様は、」
「先ほど、お亡くなりに」
「そう、」
綾は立ち上がって、窓の外を見る。
その姿を追うように、道重も視線を移した。
「私はこれから、どうしたらいい」
「綾、さま」
道重は言葉を失った。
あの気丈で今まで泣いたことのなかった主人が涙を流している。
自分の目の前で、初めて。
当主とはいえ、まだ12歳の子供なのだと道重は思い知った。
それと同時に体内から込み上げてくる衝動。
自分に出来るのは一つ。
「綾様……いえ、綾鷹様」
道重は真実の名を口にする。
凛として、綾……綾鷹は道重を見た。
「これからは、綾鷹として生きていけばいいのです」
奥様が亡くなられた以上、主人を縛るものなどないのだと。
道重は主人の身体を抱きしめた。
その小さくて儚い、その身体を。
「貴方はもう、女性ではなく男性なのだから」
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