あの時のこんな話

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(出席番号3番、井上結城) 思い出したくない過去がある。 「……久しぶり」 「久しぶり」 ビールジョッキを持つ手が震えた。 ワイワイと高校時代に戻って騒いでる奴らの声が遠く聞こえる。 とす、と軽い音を立ててソファーに座る、茶髪に淡い桃の香を立てるのは永宮透。 「……案外、簡単なもんだったな」 何が、なんて言えなかった。 あの時から、俺と永宮は逃げてばかりだったから。 なかったことにするのは簡単だったから。 「馬鹿みてぇに怖くて言えなかったけどさ、」 永宮のハシが串を取る。 そうだコイツ、「串がベタベタして気持ち悪いじゃねぇーか」とか言って、焼鳥串は手で掴めねぇんだ。 そんな些細なことなんて、10年の月日には泡のように消えてしまった。 「……結婚、おめでとう」 素っ気ない言葉。 永宮はこんな、スマートな会話をするやつだったろうか。 違う、もっと乱雑で、暴力的な。 これが大人になるというやつだったのか。 肺が痛い。 「……ありがとう」 ビールジョッキを持つ手が震える。 それを隠すために机にジョッキを置いて、ソファーに背中を預けた。 「俺さ、」 今なら、今なら言える。 “馬鹿みてぇに怖くて言えなかったこと” 「俺さ、お前のこと好きだったよ」 ざわざわと外野は俺のセンチメンタルな気持ちなど知らず騒ぎ続ける。 「……俺も」 流れ出した月日。 溶けだした恋心。 刹那を信じてたあの時。 「知ってた」 大切だったあの頃。 お前が好きだったあの頃。
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