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「これ作り過ぎたんだけどさ、良かったら食べない?」
あまりにもベタな台詞。
だがこの台詞にリアリティーを出す為にわざと可愛いげのない小型のタッパーを用意し、゙一口゙ではなぐ一人前゙サイズに切った生チョコに爪楊枝を突き刺しておいたのである。
「自分で食えばいいだろ?」
松井は一瞬こちらの方へ顔を向けたが、再び鞄の整理を始めた。
「私今日はもうチョコ飽きた。みんなからいろいろチョコもらったから」
「いいなー」
友チョコがブームとなっているこのご時世、男子よりも女子の方がお菓子をもらえるらしい。
なんて好都合。
「ねえ。だから、もらって」
松井は鞄を置いて私の所へ近づき、タッパーの中身を覗き込む。
「おまえ砂糖と間違えて塩とか入れてそう」
「入れるか! そもそも生チョコ作るのに砂糖なんか使わないから」
ふうん。と言ってチョコをまじまじと見つめる松井。
少しだけ速くなる私の鼓動。
あ、食べた。
「うん……まあまあだな」
松井は小馬鹿にしたように、にやりと笑った。
「……コノヤロウ」
それに対して悪態をついてみたけれど。
髪が長くて良かった。たぶん今私の耳は真っ赤。
「じゃあ、俺帰るぞ」
「うん。またね」
コートを羽織り、部室の扉に手をかけた松井が、ふと振り返る。
「とんま」
「ん?」
「サンキューな」
松井は部室から立ち去り、私は一人になる。
先程まで松井が座っていた椅子にもたれかかり、大きく息を吐き出した。
「なんだかなぁ……」
お遊びのイベントに本気で踊らされて、今まで考えもしなかったことに悩まされるなんて。
なんかヤダ。
『サンキューな』
先程の笑顔を思い出して赤面した私は、衝動的に拳骨でがつんと自分の頭叩く。
いやいや大丈夫。今日だけだ今日だけ。
明日からはきっと何もかもいつも通り。
それがいいのかわからないけどさ。
本当に作り過ぎて残っていた生チョコを、ぱくりと一口食べてみる。
うん。甘い。だってチョコだもの。
手作り感を出すために多めに加えたブランデーの味が少し強いけど。
「あーもう。大好きだ」
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