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「これをあげよう。」
サエさんはそう言って、私の手の上に小さな箱を置きました。
それは、まっかな包装紙に包まれ、きらきらときれいな金色のリボンで飾られた、すてきな小箱です。
「これはなんですか?」
私が問うと、サエさんは「その質問を待ってました」と言わんばかりに、泣きはらして赤くなった目を細め、いたずらっぽく微笑みました。
「バレンタインチョコだよ。」
冬の公園。
サエさんの声は白い息となり、一瞬だけあたたかそうにほっこりとふくらむと、とけるように消えていきました。
再び鮮明になった視界の先に、鼻の頭を赤くしてにんまりと笑う彼女の顔が表れます。
バレンタインチョコとは好きな人にあげるべきものであって、私のような物がもらうべきではないのです。
そもそも私はチョコレートが食べられません。
サエさんが私を困らせようとしているのは明白です。
だからといって「コラッ!」と彼女を叱ることもできません。
だってサエさんのまっくろな瞳が、とっても楽しそうに輝いているんですもの。
いつもは体調を心配してしまうぐらいまっしろなほっぺも、今はほんのりと赤くなっていて、とっても可愛らしいのです。
「ど……どうして私に……?」
「好きだから。」
動揺する私に対し、彼女は実にあっさりと答え、小鳥がさえずるように笑い声を弾ませます。
「ホワイトデーにお返しちょうだい!」
サエさんは歌うようにそう言うと、私の胸に飛び込んで来ました。
やわらかく、ぬくもりに溢れた、ジャスミンの香りがする抱擁でした。
そのときのサエさんの笑顔があまりに眩くて、左目の下に並んだ2つのホクロが涙みたいに貼りついているのが悲しくて、私は思わず、彼女から目を逸らしてしまったのです。
雪が、降っていました。
昼というには遅く、夕方というには早いこの時間。
空は物憂い灰色で、うすっぺらな白い光を落としています。
うすい光に侵された街は、平坦に均され、色を失い、私達を置き去りにして、どこまでも遠くなって行くようでした。
まるで、私とサエさんだけがまっしろな世界に取り残されたみたいです。
不思議にとても静かで、自分の胸の震えがかん高くかすれた音となって、鋭く耳に刺さっていました。
私のメモリーに、ひときわ印象深く刻み込まれたこの日は、そんな、白い日だったのです。
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Last date:4601/2/14
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