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「もう容赦しないぞ。昨日は引き金を引かずにおいてやったけど、今日はそうもいかない。帰るんなら今のうちだぞ。っていうか帰れ。俺は明日の朝まで無事に過ごせれば勤務交代で地上に上がれるんだよ。この仕事の勤務時間知ってるか? 四十八時間だぞ四十八時間。四十八時間交代って、いったいどんなブラック企業――」
「そんなことは誰も聞いてないですよ」
「もう一度聞くぞ。帰るつもりは?」
ないですね。はっきりと彼は言った。それを聞いて僕は、再びゆっくりと拳銃を構える。
「……なんでそこまでする。目的はなんだ」
「簡単ですよ。一言ですよ。数秒ですよ」
「だからなんだと聞いている」
「好きな人のためです」
その言葉は、俺の思考を数瞬停止させるには十分な威力を持っていて、そのせいで俺は数瞬間体を動かせなくなった。
だから反応が遅れた。
先に動いたのは、ネコタの方だった。彼はまっすぐに俺に向けて突っ込んでくる。
体の自由を取り戻した俺は、訓練でやった内容を思い出しながら、向かってくるネコタの頭部目がけて引き金を引いた。
やった、と思った。殺せた、と感じた。
でも、違った。
ネコタは、突然横に移動した。
弾丸よりも早く。
「猫は好きですか?」
「ああ?」
突然なにを言いやがる、と言う暇もない。
「僕は結構好きなんですよねえ。
「だって、
「猫って、結構すばしっこいじゃないですか」
ネコタがそんなことを言っている間、俺は引き金を引き続けていた。弾丸を発射し続けていた。ただ撃っていたのではない。しっかりと狙いを定めて、それから引き金を引いたはずなのだ。
だけど、一発も当たらない。
「嘘だろ……」
ありえない。弾丸よりも早く動いて、かわしている? そんなことが、
「できちゃうんですよ」
声は、すぐそばから聞こえた。
喉元に、冷たいものが触れた。
「一度言ってみたかったんですよねえ」
お前の負けだ。そう告げるネコタの声は、今まで聞いたことのない、重く暗いものだった。
「……てめえ」
「おっと。この状況でまだそんな言い方をするんですか」
立場をわきまえろ、とネコタは笑う。たしかにそのとおりみたいだった。
「……わかったよ。さっさと殺せ」
「殺す? 馬鹿を言っちゃいけない」
あんたを殺したら、菓子を取れないじゃないか。どうやらネコタは、本当に菓子を手に入れたいらしかった。
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