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「……どうして、菓子なんだ?」
「今日は何月何日でしょうか?」
質問に質問で返された。そのことに少し腹を立てながら、俺は腕時計に目をやる。動くな、とは言われていないからべつにかまわないだろう。
「三月、十四日」
あ。
「ホワイトデー、か?」
「正解です」
「なるほどな」
好きな女へのプレゼントってやつね。
「でも、普通の菓子ならどこでだって手に入れられるだろう」
ターミナルに保管されているのは、上等な菓子だけだ。並レベルの菓子は一般に流通している。
だけど、それじゃダメなのだとネコタは言った。
「どうして」
「彼女にとって、最後のホワイトデーだから」
「……は?」
「彼女は重い病気だ」
どう考えても、夏までは生きられないらしい。ネコタがそう教えてくれた。
「……僕はなあ」
喉元に突きつけられたナイフが、わずかに震えていた。今にも俺の首が真っ赤に染まりそうな気がして、少し怖い。
「僕は今まで、彼女にたくさんの物をもらってきた。
「目に見えるものも、そして見えないものも。
「だというのに僕は、彼女になにも返せていない。
「それなのに。それなのにだ!
「もうすぐ死んじまうらしいんだよ。おかしいよな。
「笑えるよな。笑えるよ。笑ってみろよ。
「笑えよ!
「ああおかしいなあ。あんまりだなあ不条理だなあ!
「だけどそんなことを言ったからって時間は止まらないし彼女はよくならない。
「だから、せめて、せめて――
「せめてもの恩返しにうまい菓子をってか」
口を挟んだ俺のことを、ネコタはぎろりと睨む。
「あんたに俺のなにがわかる。俺の気持ちのなにがわかる!」
「わかるさ」
「ああ?」
「そう怒るなよ。ただ、」
「ただ?」
「ただちょっと、」
思い出したのだ。昔のことを。
ああくそ。
思い出しちゃったね。
思い出したくなかったね。
でも逃げられるもんでもないよね。
わかってるよわかってるよわかってるよ!
「なあ、おい」
面白い話をしてやるよ。
「死にかけの女がいたんだ。
「そして、そんな女に惚れてる奴がいた。
「その男は女になにか恩返しができないかと考えていた。
「そんなある日のことだ。女がふと言ったんだ。
「甘い甘い、歯の溶けてしまいそうなチョコレートが食べたいって。
「男は甘い甘い歯の溶けてしまいそうなチョコを手に入れようとした。
「だけどそのころ、新しい法律が施行された。
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