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「…平助君?」
道場の入口がふっと陰った。
「平助君じゃないか!何で君が…どうして!」
慌てて下駄を脱ぎ捨てて道場に上がってきた温和そうな眼鏡顔。見違えるわけがない。
「山南さん…」
「原田君、どういうことだいこれは」
山南さんの優しい眼鏡の奥で、心配性な瞳が、ぎっ、と原田さんを睨み付ける。そりゃあそうだ、遠路遥々やって来た可愛い弟子(俺の事!)が原田さん(と書いて大男と読む!)の前でノびてるんじゃあ、山南さんだって黙っちゃいない。
原田さんがたじろいだ。
「え、やっぱこいつ、山南さんの知り合いかなんかで…?」
「北辰一刀流の同志だよ!何があったかは大々見当がつくけど…しかしまったく、君たちって人は!」
そんなような事を言いながら山南さんは、俺に怪我がないか、起き上がれるかどうか、何度も何度も確かめた。しまいには大丈夫ですから、と俺が押しきる始末。山南さんの心配性は死んでも治らないって言われてるくらいだから相当だ。
そう、これが山南さん。
優しくて博識で、全然刀を持つような人には見えないけど本当は実力者で…。餓鬼だった頃から俺は、北辰一刀流の道場で山南さんにだけはなついて、彼の背中ばかりを追っていた。
愛が行きすぎたのかもしれない。いつの間にやら俺は、武者修行に出ると言った山南さんを追って全国各地をひたすら旅するまでになっていた!(気持ち悪いとは思うけどね自分でも)
山南さんはと言うとこれがまたおっそろしいニブチンで、俺が彼を追い回していた事なんてついぞ気付かないでいた。俺がここ数年北辰一刀流の道場を放り出してふらふらと山南さんを追っかけていただなんて山南さんには口が割けても言えないけど…。
やっと追いついた。
俺の憧れ。俺の理想。
こんな場末の…ド田舎多摩の芋道場で!
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