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「あんまり、帰りたくないなあ…」
「はいい?」
俺は己の耳を疑った。突然何を言い出すのかこの人は。
「平助君もしばらくここにいたらどうかな」
もはや開いた口がふさがらない。どこで気を違えたのか。いや、にこにこしてる場合じゃないですよ山南さん!
「別に気なんて違えてませんよ失礼な」
「心を読まないでください!」
「平助君、」
「話聞いてます!?」
しっとりと暗い色の瞳がまっすぐこちらを向いて、思わず口をつぐむ。
優しい眼差しの中に俺に語りかけてくる強さがあった。
ああ、武士の目だ。
「君は未熟だ」
こくん。
自分が鳴らした喉の音が部屋にこだました。
山南さんが、にこにこ笑っている。
なにか底知れないものをその瞳の奥に隠しながら。
「きっとすぐに、君の方がここを気に入るよ。君は一度、北辰一刀流の道場での生活から離れてみたほうがいい」
「どういう、」
「あそこは確かにいい道場だ。名門で、人脈も美しい型もある。門下生も多い」
でもね、と言葉をきって、山南さんはふふふと笑った。
「君の知らない剣が、ここにはあるよ」
その言葉が、俺を引き留めた。
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