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後で聞いた話によると、初めて俺を見た日土方さんは、「小鬼が来た」、とこっそり近藤さんに洩らしたらしい。
“小鬼”。
言い得て妙だ。
初めてその話を聞いた時俺は思わず笑ってしまった。
確かに俺は小鬼だった。
いや、今もかもしれないけど。
なにせ初めて試衛館に来た頃、俺は荒れに荒れていた。
「山南敬助殿がこちらにいらっしゃると聞いて参った次第。お目通し願いたい」
試衛館は多摩にあった天然理心流の道場だ。お国柄で、この辺りの人間は子供から百姓のじいさんまで、みんな剣術のたしなみがあった。
だが道場と言っても試衛館は、田舎も田舎、ド田舎多摩に立地していた芋臭いぼろ道場だった。食いぶちを稼ぐのが精一杯で、門下生が集まらないから隣町で剣の指南をしてやっと食費を賄っているような有り様だった。
ミシリと腐りかかった内開きの門の中からのそりと現れたのは、原田左之助こと、原田さん。
六尺はある身の丈を豪快に揺らしてよく笑う人だった。
「山南さんはいるが。…名は」
「お前に名乗るほど安い名は持ってない」
そう。俺はとんでもない鼻つまみ者だった。原田さんは途端に耳まで真っ赤になった。あの人はよく笑う分よく怒る人でもあった。多摩にいた頃から試衛館の面子はそんな彼を揶揄して、狂犬なんて呼んでた。
「名乗りもしねぇで山南さんを呼び出すたあ良い了見だなあ。ああ?帰れ無礼もんッ」
そう怒鳴って門を閉めてしまおうとする原田さんの喉元目掛けて、俺は抜刀した。
毛一本の隙だけ残して、俺の刀は原田さんの喉に刃を突きつけていた。斬るつもりは無かった。ただ威嚇してやるだけのつもりで…原田さんが腰を抜かしたら笑ってやるつもりでそうしたんだ。
俺が原田さんを見る目を変えたのは、彼が瞬きすらしないでそのまま立っていたからだ。
一瞬俺が怯んだ隙に、丸腰だった原田さんは渾身の蹴りをかましてきた。俺は吹っ飛んださ。昔から、手も早い人だったなあ。いや、俺が言えるような事じゃないけど。
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