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大きく一歩擦り寄って、まず原田さんが渾身の突きを見舞ってくる。身を横にそらせてなんとかそれを横切った時には上から次の突きが降ってくる。
「こっ…」
殺す気か、と悪態をつく間もなくまた次の突き。俺は半歩下がって木刀で迎撃するのが関の山だった。
それは、見たこともない型だった。俺に刀の道を教えた北辰一刀流の道場は日本国でも有数の名門で、これまでありとあらゆる流派の男達が力試しにやって来ていたけれど、こんな無茶苦茶なのは無かった。
これは剣道じゃない。俺は悟った。これは…
「おいおい、まるで攻めてこねえじゃねえか。所詮こんなもんか?」
暇だ、と言わんばかりに竹槍をくるくる回して原田さんが笑う。
型も何も無い。原田さんはほとんど身体的な感覚だけで槍を扱っている。
これは、殺すための剣道だ。
俺だって道場では最若手で目録をもらった腕だ。山南さん始め、尊敬に値する若干の先輩を除いて、負けた事なんてない。それが、今、なんでこんな、名前もあって無いような田舎道場で適当に槍を振り回してるような男に…!
「うっ」
後ろに回り込んだ原田さんに、槍の尻で思いきり肩甲骨の間を突かれた!
一瞬目の前が真っ暗になって、派手に転ぶ。一気に肺に酸素が入りこんで息も出来ない。咳き込んで仰向いた俺の額を、原田さんの竹槍の先がこつんとつついた。
「そら、死んだな」
「…卑怯、だ」
「卑怯?後ろに回り込んだ事か?あんなんで卑怯呼ばわりじゃあお前、戦場じゃあいくつ命があっても足りねえな」
原田さんがからから笑って、俺の衣服を緩める。俺をぱたぱた手で扇ぎながら大丈夫かあ?、なんて呑気な顔で聞いてくる。
俺はそれに甘んじて、暫くそのまま息を調えていた。
「なあ」
原田さんが小首を傾げる。
「名前は?」
「…藤堂平助」
「平助か。俺は原田左之助だ。左之でいい。皆そう呼ぶからな」
にかっと笑う原田さんを薄目で見て、あっさり打ち負かされた屈辱も、槍で突かれた痛みも、何でか価値を無くしたようだった。
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