《第三話・どちらを選ぶ?編》

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二*悠太と一緒に教習所見学  悠太が見学に選んだのは、琳子が通っていた教習所とは違うところだった。  駅前で送迎バスに乗って、数十分。  規模もかなり大きく、建物も建て替えたばかりなのか、とても綺麗だった。しかも設備もかなり充実していた。車種も琳子が教習の時に乗ったのとはまったく違うものだったりして、教習所によってこんなにも違うのかと驚いていた。  職員から一通り、説明をされ、悠太がいくつか質問をしている間、琳子はぼんやりと教習所の待合室を眺めていた。  遅い時間というのもあり、悠太と同じく社会人とおぼしき人も多くいるようだった。  琳子が通っていたときは、授業の合間を縫って日中に来るようにしていた。というのも、夜間の運転は暗くて怖いというのがあったからだ。  とはいえ、実際の運転はお昼だけとは限らないから、その後、時間を調整して夜の運転にもチャレンジしたけれど、視界が悪く、不安だったのを思い出した。  そのときも思ったけれど、時間帯によって通っている人たちが変わるのは今も昔も変わらないようだった。  あれからずいぶんと経っていることに気がつき、琳子は思わずため息を吐いていた。 「ありがとうございました」 「ぜひうちに入って来てくださいね」  悠太の質問タイムは終わったようで、琳子の耳にそんなやりとりが聞こえてきた。 「入所希望のとき、わたしを指名していただければ、少しサービスしますから」  その声に琳子は、悠太と職員に視線を向けた。  職員は琳子と変わらないくらいの年齢の人で、綺麗な人だった。少し頬を染め、悠太に名刺を渡していた。 「ありがとうございます」  悠太も人好きのする笑みを浮かべ、名刺を受け取っていた。  その様子を見ていた琳子は、少しもやっとする気持ちを抱いた。 (別に私、悠太の彼女でもないし。悠太がだれと仲良くなろうと、別になんとも思わない)  そんなことを考えているあたり、ヤキモチであるのだけど、琳子は必死に否定した。  樹もだけど、悠太もモテる。  樹はきらきらの王子という感じのモテ方だけど、悠太は人当たりの良さもあり、ある意味、樹よりは幅広くモテるかもしれない。  悠太のお願いでついて来たけれど、こんな場面を見ることになってしまうのは分かりきっていたのだから、やはり断れば良かった。  そんなことを考えていると、悠太はもらった資料を抱えて琳子のところへやってきた。 「琳子さん、ごめんね。待たせました」 「あ……うん。もういいの?」 「大丈夫です、ありがとう。聞きたいことは聞けたし。駅前まで行く送迎バス、次の便が最終らしいから、乗りましょう」 「……はい」  明らかに元気がなくなった琳子に、悠太は顔をのぞき込んできた。 「琳子さん」 「…………っ」  心配そうな表情でのぞき込まれて、琳子は自分の顔が赤くなるのが分かった。 「ごめんね、ボクのわがままで疲れてるのに連れて来ちゃって」 「え、あ。だ、大丈夫、だからっ」  琳子は慌てて悠太から顔を逸らした。  鏡を見ていないけれど、今はきっと、すごくひどい顔をしていると思う。 (嫉妬やヤキモチとは無縁だって思っていたけれど……)  今の職員とのやりとりを見ていて、琳子は痛感していた。 (私……樹も悠太も同じくらい、好き──になってる)  いちご狩りで樹の過去を知って、そして樹の態度が変わったことによって樹にがくっと比重が傾いているとばかり思っていたけれど、今ので琳子は悠太のことも好きだと実感してしまった。 (こっ、こんなの、いいわけないじゃないの!)  いくら二人から言い寄られているからといって、どちらも同じくらい好きだなんて、それは倫理的にどうなのかと思う。  さらに琳子が気にしているのは、二人が琳子のことを好きと言っているから、琳子も二人のことが好きだと勘違いしているのではないかということだ。  琳子のことが好きだから、琳子も二人のことが好き。  ──それのどこが問題なのかと問われたら、言葉に詰まるけれど、だけど実際、二人に好きと言われなければ、絶対に好きにならない相手であったということは断言できる。  それがお高くとまっているだとか、生意気だとか陰口を言われる原因になっていて……。 「琳子さん?」 「あ……はいっ、バス、乗らないとねっ」  悠太に声を掛けられ、琳子は慌てて立ち上がり、帰りのバスが待っている場所へと移動した。  バスはすでに止まっていて、琳子と悠太を乗せると、動き始めた。  琳子は悠太と並んで座った。窓の外を眺めながら、ぼんやりと考える。 (二人のこと、同じくらい好き……だなんて、やっぱり、どちらに対しても不誠実よね)  二人はそれでも別にいいと言ってくれたけれど、そんなこと、許される訳がない。 「琳子さん」 「……はい」 「今日はボクのわがままに付き合わせて、ごめんなさい。疲れてたのに、本当にごめんね」 「え、あ、違うの。ほ、ほら。教習所に通ってたときのことを思い出して、あれからずいぶん経ったんだなと思ったら、なんというか、感傷的になったというか」  その気持ちも若干あったので、嘘ではない。琳子の言葉に対して、悠太はどう思ったのか。少しだけ笑って、口を開いた。 「今日のお詫びに、今度の土曜日、予定が空いているようなら、前から言ってた遊園地に樹と三人で行かない?」 「え……」 「急な話なんだけど、今度の土曜日、ボクの親戚が経営している遊園地のリニューアルオープン前の最終チェックがあるみたいで、招待されてるんだよね」  樹も言っていたけれど、悠太にはどれだけ親戚がいるのだろうか。 「いちご狩りに行って疲れてるのに、また来週もで言い出しにくかったんだけど……。普通の遊園地にかわいい琳子さんを連れて行くのは嫌だよねって樹と話をしていたんだ」 「それ、どういうことですか」  琳子には悠太のその言葉の意味が分からなかった。  どうして普通の遊園地は駄目なのだろうか。 「人気のアトラクションは並ばないといけないし、琳子さん、結構周りの目を気にするでしょ?」  それはもしかしたら、アウトレットパークでのことを指しているのだろうか。 「ボクと樹で出歩くと、嫌でも注目を浴びるのは知っているし、もうそれは慣れたんだけど、琳子さんは慣れてないだろうし、それとは別で、ボクも樹も琳子さんを男の視線に晒したくないんだよ」 「…………」  それはどんなわがままなんだと琳子は思ったけれど、好奇の視線は慣れそうになかった。 「でも、琳子さんが楽しみにしている遊園地に連れて行ってあげたいし……というジレンマを抱えていたところに、親戚から連絡が入ったんだ。ちょっと急だけど、人目を気にしないで思いっきり遊べるチャンスだから、予定がなければ、どうかな……と」  悠太と樹の心遣いに琳子は嬉しくなった。  それに基本、琳子は土日には予定がない。 「それでは……その、予定はないので、連れて行ってください」  琳子の了承に、悠太の表情は見ているこちらが恥ずかしくなるくらい、邪気のない笑顔を向けてきた。 「それなら土曜日、迎えに行くから!」 「はい」 「あー、楽しみだなあ。土曜日のことを考えたら、明日からも仕事が頑張れるよ!」  悠太の笑顔がまぶしくて、琳子は思わず目を細めた。
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