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しんしん、と降る柔らかな牡丹雪が、バスのフロントガラスで揺れる。
俺の尻は、長時間の電車、バス移動に堪えられずに、ジンジンと痺れてきている。
俺の隣に座る彼女も例外ではないらしく、先程からもじもじと落ち着きがない。
水泳部で出会った彼女は、周りが羨むほど美人で、オマケにスタイルも……おっと、口が滑った。
長くて綺麗な黒髪と、整った顔立ちの彼女。
何故彼女が俺に告白してきたのか。何故交際が中学を跨いで五年も続いているのか。今更ながら分からない。
「はー、遠いねぇ」
「もう直ぐだって」
疲弊しきった俺と彼女は、揃いも揃ってため息を漏らし、軽いストレッチをする。
翌日、変な気だるさが残らないか心配だ。
《白卯町……白卯町……》
聞き飽きたアナウンスに、目的地の名前が浮かぶ。
俺は大きなため息をつき、彼女の肩を叩いた。
「行くぞー」
「え、ちょっと待ってよ」
俺は慌てる彼女を無視し、自分の小さな手荷物と彼女の大きなキャリーバックを持って下車する。
雪で埋まった町は静かで、聞こえるはずの無い雪の音が、聞こえてきそうな気がする。
一年ぶりに帰ってきたけど、何も変っていない。木造の古めかしい家も、水簿らしい田んぼも、何も。
びゅうっ、と風が吹き、三月だというのに刺すような寒さが身に染みる。
懐かしいというべきか、二度と味わいたくなかったというべきか。
なんにせよ、理不尽な寒さだ。
「わぁっ、寒い寒いつ!」
手ぶらで下車してきた彼女が、黄色い声で雪を楽しむ。その姿はまるで子供のようで、何とも微笑ましい。そして、こう思っている俺はオヤジくさい。
「じゃあ、予定通りにな」
俺はポケットから地図が書いてあるメモ用紙をとりだし、彼女に手渡す。
そこには、俺の実家の所在が記されてある。
「本当に、先行ってていいの?」
「ああ、頼む。迷ったらそのへんの人に訊けば教えてくれっから」
彼女は俺から地図を受け取ると、頬を赤らめてそれをまじまじと見つめる。そして、にっこりと微笑んだ。
無邪気な彼女に、少しでも隠し事をしていると思うと、心が痛い。
「じゃあ、またあとでね」
「ああ、またあとで」
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