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彼女は地図を片手に、手を振りながら歩いてゆく。
普通なら、誰もがおかしいと思うだろう。自分の実家に、彼女を一人で行かせるなんて。
「さて、行きますかね」
俺の目的地は、おおよそ実家と真逆の方向。うっそうと茂る雑木林の中に、それはある。
雪が積もった林は、なんだかしんみりとした空気を帯びていて、少しだけ俺の身の毛を湿らせた。
少し歩いて、林の中に入ってゆく。
人の手が行き届かない林の中はうるさいくらいに静かで、俺の足が雪に沈む音すらも俺の耳に届く前に消え失せる。
それでいて、白い息を吐く音だけは妙に浮き上がって。
俺は、この道が大嫌いだ。
歩を進めるたびに、足にきりきりとした痛みが染み入り、心臓に冷気が忍び込む。
実に不愉快。
それでも、俺が毎年。この日に。ここにくるのは。
このクッキーをアイツに渡すため。三月十四日という馬鹿げた日に、だ。
「何にも、変ってないなぁ」
ようやくたどり着いたそこは、静かに佇む墓石たちの小さな霊園。
その小ささのためか、親戚が薄情なためか、墓石たちはすっかり雪を被り、その身を氷のように冷やしている。
俺は手袋を脱ぎ、アイツが眠る墓に被さっている雪を払い落とした。
「よう、相変わらず変わりないな」
ちっこいまんまだ、と言いかけて口をつぐむ。
そうだ、アイツは身長の事を気にしていたっけか。
「今年も来たよ、約束どおり。」
俺は小さなハンドバックの中から、クッキーが入った小さな袋を取り出す。
やんわりしたと、バターの薄い香りが、無味無臭の空気の中に浮かび上がる。
お前は、この味が好きだったよな。俺の母さんが作るバタークッキー。
そして、俺がクッキーを墓石に備えようとした時、何かが俺の服の裾を引っ張った。
何かに引っ掛けたかな、と振り返ると、そこには小さな女の子が居た。
おかっぱ、と一言で表せるような髪形に、豊頬の幼い輪郭は、古風な子供を思わせる。
きょとんとした瞳で俺を見てくる少女は、数秒たった今でも、俺の服の裾を離してくれない。
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