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愛美さんと付き合っている間も、ずっと俺の片思いだったことくらい知っていた。
いつも語尾が少し掠れる甘めの声、マスカラでボリュームアップした目元が笑って細められるときが一番可愛いこと、そばにきたときかすかに漂う香りと、手のひらの体温。
半年も一緒にいたのに、翠川愛美というひとについて俺が知ってるのは、それくらいしかなかった。
何も知らない少年を装って彼女に近付いたから、それを最後まで貫くしかなかったんだけど、自分の自制心を褒めたいくらいだ。
好きだと言って、強引に抱きしめて、優しく触れれば、愛美さんは堕ちてくれると判っていた。
だけど、他の誰かと同じでは、嫌だった。
俺は、ひどく受け身な彼女の方から、そうしてもらいたかった。
自分からは何も仕掛けないこと──それが、愛美さんへの恋心の証拠だったから。
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