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…いや、まだだった。
あと一つ、何としてもやらなければならないことが―
「っ…はぁ…はぁ…。
……ま、ぁ…運が良いってことにする、か…。」
今にも消えてしまいそうな命の灯火。
それでも、真木はべっとりと血で汚れたシャツの右襟を霞む視界の端に捉えて苦笑した。
嗚呼、もっともっとスリリングな人生を楽しんでいたかった。
魔王こと結城中佐に与えられた人生を。
「…………っ。」
自分が初任務を無事こなした時に、結城中佐は微かに笑った。
その顔が浮かんで、真木は虚空に手を伸ばした。
が、その手は何も掴むことなく力なく落ちた。
命の灯火が、ついに消えた瞬間だった。
「……………。」
一分の隙もない身なりをした老紳士が、青白い端正な顔立ちの青年の遺体を何とも言えない顔で見つめていた。
その顔は哀しみとも、怒りとも、悔恨とも取れた。
老紳士は少しの間そうしていると、おもむろに青年の、血でべっとりと汚れたシャツの右襟を小型ナイフで切り裂いた。
中には、老紳士―いや、結城の予想通り一枚のマイクロフィルムが隠されていた。
「……ご苦労だった。
―――、本当に…よくやった。」
結城は、真木の開いたままの目を優しく閉じてやり、本名を呼んで…小さく敬礼した。
カツン、カツン…
病室を後にした結城の背中は、もういつも通りのものになっていた。
Fin.
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