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「俺なんか、ここに初めて来た時、酷かったですよね。」
「…そうだったっけ?」
「…一言めが、『帰っていいですか?』」
今日子先生は、ふっと笑った。
「そうそう。…思い出した。
…1日目は結局、椅子にも座らずに立ったまま少し話して、さっさと出て行ったわよね。」
「だって、谷田部先生に言われて、仕方なく来ただけだったから、あの日は。」
「…それでも、春山くんが次の週も来るって、分かってたわよ、わたし。」
「ほんとですか?…帰り際、『もう来ませんから』って言ったはずですけど。」
「でも、…ちゃんと来てくれたわよね。」
「…仕方なく、ですよ。来ないと困るかなと思って。
まあ、3回目からはオセロ持参で来てたけど。」
今日子先生は、あはは、と大きな声で笑った。
「やったわね、オセロ。…延々と。
…結局、一回も春山くんに勝てなかったのよね、わたし。」
「俺、オセロで今まで一回も負けたことないですから。」
「…性格悪いからじゃない?」
「……それは、カウンセラーとして俺を分析した上での言葉ですか?」
「ううん。ただの負け惜しみ。」
「…今日は素直ですね。」
「わたしはいつも素直よ。」
その時、笹森が、くすっと笑った。
俺は今日子先生と顔を見合わせた。
「…ほら、春山くんのせいで、笑われちゃったじゃない。」
「俺のせいですか?」
「そうよ、笹森さんにはデキるカウンセラーっぽく振舞おうと思ってたのに。」
「形から入ろうとすると、失敗しますよ、何事も。」
「形がなかったら、カウンセラーなんてやっていけないもの。」
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