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遠くの廊下で、階段を降りる足跡が響いている。
笑い声と、廊下でボールを弾ませる音。
その声が遠のくと、今日子先生は再び口を開いた。
「高校生の頃だったんだけど、…好きになった人が、悪い男でね。
…まあ、…簡単に言えば、…お金で売られた、ってところかな。
けっこうませてる子供だったけど、さすがに、…ちょっと、精神的に参っちゃって。」
目を伏せた先生は、しばらく当時のことを思い出しているようだった。
先生の過去を初めて知った俺は、…自分が聞いていい話なのかどうか、居心地の悪さを感じながら、先生の顔を黙って見つめていた。
「それで、…はじめて、カウンセリングに通い始めたの。
一番はじめのきっかけは、そこかな。」
「…そのカウンセラーが、いい先生だったんですか?」
「その逆。」
今日子先生は困ったように顔をしかめた。
「逆転移、っていってね。…カウンセラーが、患者に個人的感情を持つ、っていう現象があるんだけど。
カウンセリングのたびに、好きだ好きだって連呼するし、体を触ってくるし、最後にはストーカーまがいのことされて、大騒ぎになったのよ。」
「…最悪…。」
「でしょ?ホント、最悪。」
先生はふふ、と笑って、
「最悪なカウンセラーに当たった事で、わたしの心にある思いが芽生えたの。
こんな奴より、私の方が、絶対に人の心に寄り添える、って。
わたしこそ、カウンセラーになるべきなんじゃないか、って。
…まあ、実際は、そんなに簡単な事じゃないのよ。
今思えばね。それは奢りに過ぎなかったって分かるけど、
…でも、あの時の、『辛い思いをした自分なら、傷ついた人の気持ちがわかるはずだ。』っていう、熱い想いみたいなものが、
未だにわたしの原動力になってるかな、とは思う。」
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