第56章

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おそらく、…二人は『その出来事』があった頃、恋人同士だったのだ。 そして、…辛い過去と一緒に、彼女は春山哲哉と過ごした日々までも、封印してしまった。 その、取り戻すべきでない恐ろしい記憶と、春山哲哉と過ごした幸せな日々が、 …彼女の中では、紙の裏と表のように、表裏一体となってしまっている。 …だから…。 春山哲哉は、…自分自身も、彼女との大切な過去を断ち切ろうと、覚悟を決めた。 こうして、…1から始める道を選ぶしか、方法が無かったのだろう。 鉄板の熱気を顔に受けながら、さくらの涙線が、次第に危うくなって来た。 …どれだけ、辛いだろう。 彼女の内側に眠る、忌まわしい記憶が目覚めてしまうことに、いつも怯えながら、 …それでも、彼女の傍にいたくて、…彼女を守りたくて…。 あの医師に言われなくても、…きっと春山哲哉自身が、一番よく分かっている。 彼女を誰よりも愛する自分が、…同時に、どれだけ彼女をおびやかす存在なのかということを。 「さくらさん、大丈夫ですか」 我に返ると、美羽がさくらの顔を覗きこんでいた。 「あ、ゴメン、…酔っ払ってぼーっとしちゃった」 さくらが笑顔を作ると、 「わたし、上手に出来ませんけど、…代わりましょうか。 さくらさんが食べてる間だけでも…」 さくらの手が塞がっているのを気遣ってか、美羽は遠慮がちにそう言った。 「……」 …この子ってば…。 めちゃめちゃ、いい子。 「さくらちゃん、あーんっ」 孝太朗がたこ焼きを箸でつまんで差し出した。 「あ、ありがとう」 さくらが口を大きく開けると、 「あ、ゴメン。手が滑った」 ソースのたっぷりついた熱いたこ焼きが、さくらの鼻の頭を直撃した。 .
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