序章

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. 風が、止むだけだと、その人は言った 掠れてざらついた深い声で、言った 風が止んで、少しの間静かになって けれどもすぐに、新しい風が吹くだろう そうしたら、また 船は進むだろう、と ... 窓の白いカーテン越しにやわらかな陽が差す、小さな寝室。 老いた男が、寝台にその体を横たえていた。 落ち窪んだ虚ろな目や白く褪せた髪には、すでに死の影が色濃く映る。 かつては多くの者をその腕に護ったのであろう、逞しい骨に支えられた体も今は、ただ残された傷痕の他にその力強さを語るものはない。 浅く、細く 深海に潜む名も知れぬ魚のように、ひっそりと息をしている。 その傍らには女が一人、そっと彼を見つめていた。 若くしなやかな娘だ。 長い緋色の髪を編んでいる。 だが、この歳の頃の娘にはない、ぴんと張りつめたような緊張感や、瞳が、強い。 鍛えられ引き締まった体を優雅に折り、寝台の側に寄り添っている。 慈しむようなしぐさは見せない。 ただ、じっと、寄り添っている。 .
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