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「今のお前が、銃を持ち上げられるとも包丁を引っこ抜けるとも思えないがな」
「為せば成るのです」
マリアの声は変にくぐもって聞こえる。人に顔を押しつけているのだから、当たり前だ。それが煩わしかったのか、普通に喋れる程度に顔の位置を変える。
「オーウェンは私より先に死んでは駄目なのです」
「それは前も聞いたな」
「あちらに行くのは、私が先なのです」
マリアがじっとこちらを見つめる。相変わらず焦点は定かでないが、彼女は間違いなく俺を見ていた。
「やはり、愛してるとは言ってくれないのですか?」
「言わない。言ったところでお前が満足するだけだろ。お前を喜ばせる気はない」
「酷い人なのです」
「俺を今にも殺そうとしてる奴をわざわざ喜ばせる義理はないだろ」
「あなたは私よりも悪役らしいのです」
「それでも俺は被害者だ。お前と違ってな」
少し寂しそうな顔をして、彼女は再び俺の胸に顔を埋める。暫しの静寂。マリアのくぐもった声が聞こえた。或いは、泣きそうな。
「オーウェンは、最後の最後まで私を名前で呼んでくれなかったのです」
呼ぶつもりがなかったのだから、当たり前だ。誰が好き好んで自分を殺そうとした奴の名前を呼ぶか。
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