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蕗の薹が顔を出していた。
小さな空き地の片隅で。
香苗はドラム缶の影で隠れるように煙草をふかしながら、そのいじらしい緑のふくらみをつつく。
少し黄色の混じった柔らかいその緑は、わずかに残っていた雪を押しのけてきたとは思えないほど、優しい色をしていた。
じっとそのふくらみを見つめ、頭の中でシャッターを切る。
ぱちり。
アルバムの、新しい春のページに、一枚追加されていく。
――春が来るんだね。
まだ湿った冷たい風も、気づけば光に変わり、甘い匂いとふくふくとした命のオーラが世界を包み込む。
吸い終えた煙草を携帯灰皿に片付け、香苗は立ち上がってジャンパーの襟を直した。
狭い路地を抜けて大きな通りに出る。
サラリーマンのランチタイムの終わった街は、波が引くように人の姿も消えていた。
――寂しくなるからね。
ひとり街を歩くと。
ひとりでいることに慣れると。
まわりの空気が濃くなったような気がして。
逆に息苦しくなる。
香苗の勤め先まで、交差点を越えればすぐだった。
点滅し始めた信号に、無理せず足を留める。
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