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「失礼ですよ。ちゃんと女性じゃないですか」
「見えん」
「すみませんねぇ、言い出したら頑固で」
「いいんですよ。言われ慣れてますから。――ほら、あそこです」
申し訳なさそうに何度も頭を下げる女に手を振る。
横断歩道を渡りきった先にある小さな喫茶店を指差した。
からん、とカウを鳴らしてドアを押し開ける。
カウンターの中で本を読んでいたらしいマスターが、香苗の後ろの2人を見て接客用の笑顔を作った。
「いらっしゃいませ」
「休憩いただきました。ついでに営業も」
「お店の方だったのね」
「勝手に営業してすみませんでした。珈琲はどこよりも美味しいですから」
それは、小さな違和感だった。
外にいる時には感じなかった臭いが、ある。
――よく知ってる臭い。
ジャンパーを脱いでカウンター席を促す。
白いシャツの袖を捲り、手を洗った。
「脱いでも女に見えん」
しかめ面の男は、優雅な仕草でハンチングをカウンターに置くと、椅子を引いて女を座らせた。
その慣れたエスコートに、女が微笑んで応えている。
まだ春先の薄寒い時期――暖房は効いていたが、まだ体が冷えたままなのだろう。
きっちりと着込んだコートを脱ぐことはしなかった。
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