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どんぶりの牛丼も熱を失い始めた頃、
「……特にない」
滑らかに視線を逸らし、呟いた。
言葉はもちろん、彼らしからぬ仕草にも驚いた優は、目を丸くして重ねて問う。
「特にないって……桜田さん誘ってないの?」
"桜田"という人名に反応し、胸の奥がズキリと痛むのを感じながら、再び口をつぐむ木宮。
普段の落ち着きも失せ、黒い目を忙しなく泳がせる彼は、やはり小さな声で答える。
「……どこにどう誘えばいいか、分からない……」
クリスマスは桜田と一緒に過ごしたい。自分がそう思っていることは、木宮も分かっている。
しかし、その気持ちを示した後どうすればいいのか、一人で居ることに慣れてしまった木宮には、まったく分からないのだ。
『一緒に居よう』と言うだけでは足りないことくらい、彼も一般的な常識として知っている。
クリスマスに男女が共に過ごすなら、どこかへ出かけるのがベターだろう。
が、その出かける先を思いつかない。ノープランのまま誘うのも、少し違う気がする。
そうして苦悩している間に、何度か"見知らぬ"女子に誘われたことで、木宮の危機感はますます加速することになる。
つまり、桜田が他の男に誘われる可能性を失念していたのだ。
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