3.銘々の思惑

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「……」 木宮は箸を置いたまま、下を凝視する。 黒い革手袋に包まれた右手の指には、握れば潰れてしまうであろう、しかし黄金の塊のように貴重な紙が二つ、そっと挟まれている。 そこに込められた温情に、思い知らされた。 (これが"親"か……) 無条件の心配。無償の恵み。それらが身の内から湧き上がらせる、何とも言えないぬくもり。 長いこと感じていなかった情動に、木宮の無表情が軟化する。 笑うとまでは、いかなかったが。 「……ありがとう」 彼がポツリと言った時、優は牛丼を食べ終え、お茶に手を伸ばしていた。 「どういたしまして。役立ててくれたら嬉しいよ」 紳士的な笑み。場所がバーで服装がスーツだったら、ますます様になったに違いない微笑みだ。 小さな音を立てて茶をすする顔を見ながら、木宮はふと疑問を抱いた。 (何故チケットなんて……?) わざわざ息子のために用意していたとは考えにくい。二枚というのも気になる。 聞いても答えてもらえなさそうな気がしたため、結局は何も言わずに食事を再開する。 「……」 黙々と手を動かしつつ、少しだけ胸を痛める。 "父さん"という一言を発するのがここまで難しいとは、木宮は予想だにしていなかった。 ────
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