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彼女は、オレが五階の廊下に現れたことにも気づかないほど真剣に、分厚い鉄扉を凝視している。
時折、意を決したように呼び鈴に細い指を伸ばすが、押す寸前で長い息をついて腕を下ろしてしまう。
帰るつもりはないようだ。オレに何の用だろうか?
などと自問しても始まらないな。この問いかけをすべき相手は、既に視界に居る。
「葛西」
「ひぇあぁッ!?」
小さい頃、背中に前触れなくセミの脱け殻を入れられた鋼弥が、こんな悲鳴を上げていた気がする。
ちなみに、その犯人はオレだった。泣き出してしまった弟をなだめて家に連れ帰るのに、ずいぶん苦労させられたことも覚えている。
「え、あ、か、神崎君?」
ようやくこちらに気づいた葛西は、両手を小さな胸に当てて驚きを露にした。
あ、小さいってのはサイズ云々の話ではなくて、そもそも葛西は着痩せするタイプだろうから外見よりは……でぇい、何を言ってんだオレは!
「それ以外に見えるか?」
歩み寄りながら苦笑してやると、葛西はぽっと赤面した。
昨今は重大な事件が続いてばかりだったから、こうして彼女の挙動に癒されるのも久しぶりだ。ブルーベリー食べるより目に優しいと思う。
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