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とにかく、話さないと言われた以上、無理強いより配慮をするのが得策だ。
「別にいいよ。口で直接言いにくいなら、電話やメールにしてくれてもいいから」
「う、うん。ありがとう」
にこやかに頭を下げる葛西の頬は、まだ少しだけ赤かった。
この子は本当に素直だなぁ。見てるこっちが恥ずかしくなる。良い意味で。
躊躇われたことに若干の寂しさは感じるが、葛西は嘘をつかない。彼女が「また今度」と言った以上、いずれ話してくれるだろう。
心の中だけで頷いていると、
「じゃあ、また。本当にごめんね」
葛西は何度も頭を下げながら、同じ階にある自分の部屋へ踵を返した。
オレは笑顔と会釈で答え、流麗な長髪がドアの向こうに消えるまで、廊下に立っていた。
「……はぁ」
疲労からではない、小さなため息が口を衝いて出る。
何というか……鉛の塊が食道をズルズルと通り、一息に胃へ落下したような、鈍痛にも似た感覚だ。
葛西の純真無垢な立ち居振舞いを拝んだ後にしては、穏やかじゃない。
(……疲れてんのか)
うん。きっとそうだ。
今度は現実でも首を縦に振り、部屋の鍵を開ける。
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