4.語らう日

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よし、と気合いを入れた次の瞬間、エレベーターが軽い音を立てて止まる。 何事かと考えたのは刹那。他の人が乗り込んでくると推測した木宮は、まだ見ぬ同乗者のために壁際に寄る。 続いてドアが開いたため、ごく自然な流れで、踏み込んできた相手を視界に捉える。 「えっと……こんばん、は?」 桜田だった。 「……」 少年は言葉を失う。いつもの沈黙とは違う、脳から全ての言語が抜け落ちてしまった感覚である。 不意討ちだ、と感じていた。せっせと積み上げていた城壁が、建設半ばで爆撃を受けたような。 混乱しているのはお互い様らしく、長いこと静寂が漂っていたが、 「……何階だ?」 一足先に思考の荒波を脱した木宮が、「開」ボタンを押しながら尋ねる。 それで我に返ったらしい。桜田は慌てて乗り込み、わずかに逡巡してから呟いた。 「五階」 「分かった」 応じて「5」のボタンを押す。閉まるドア。 そして訪れる、沈黙。 「……」 「……」 自分はともかく、桜田まで口を開かないのは珍しいと、木宮はぼんやり考えながら階数表示を眺める。 彼女の部屋がある三階から、目的地の五階まで上昇するのに、さほど時間はかからなかった。
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