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そこに焦点を合わせようとする前に、桜田が勢いよく振り向く。
「あのさ……!」
思い詰めた表情に。切羽詰まった声に。それまで超高速で回転していた思考を、根こそぎ持っていかれる。
そのままでは他の利用者に迷惑なので、音もなくエレベーターを降りた。
「何だ?」
「えっとね、えっと……」
しどろもどろに呟きながら、目を合わせないよう必死になっている。
木宮は彼女の言葉を待つ裏で、同様にセリフを練っていた。意識はポケットの中に向く。
肌身離さず持っている"それ"に。
三十秒待っても話が始まらないため、木宮から切り出す。
「桜田」
「ぬぁ、な、何!?」
「先に一つ、良いか?」
短髪の少女は激しく狼狽しつつも、これ幸いとばかりに頷いた。
応じて取り出された二枚の紙片。ポケットに入っていたのに皺一つないのは、永遠の謎である。
差し出して、努めて普段の雨垂れのような声を発する。
「もし良ければ、行かないか?」
"一緒に"という部分が抜けてしまったが、そこは察してもらえるよう懸命に祈った。
そして桜田は鋭いので、最初はきょとんと発言の意味を考えていたが、すぐに太陽のような笑顔になる。
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