6.聖夜にて 後

31/51
前へ
/424ページ
次へ
いつもの癖で後頭部を掻きながら、しどろもどろに提案する。 「えっと……そろそろ帰るか! もう遅いし」 もう十時を回って久しい。女の子が居るんだから、せめて十一時には帰っておきたいところだ。 突然言い出され、葛西は少し面食らっていたようだが、 「うん」 反論もせずに頷いた。 「じゃあ、足元とか気をつけてな」 素直に承諾されたことに安堵し、右手をポケットに突っ込む。 そこで指先に触れたのは、小さな紙袋── きゅっ、なんて。 そんな効果音が似合いそうな力の加減で、上着の袖が掴まれた。 吐く息も、降り散る雪も。何もかもが白い夜の下で、歩き出そうとしたオレは立ち止まる。 止めたのは、少女。 「……葛西?」 「五秒だけ、待って」 言い返された要求は、常の葛西にはない、表現不能の大きな力を感じさせた。 「……」 五秒。たった五秒だ。 その間、オレは蛇に睨まれたカエルさながらに、指一本に至るまで動かせなかった。 奇妙な感覚の正体も掴めないまま固まるオレを、顔を上げた葛西が、一直線に見据えてくる。
/424ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68683人が本棚に入れています
本棚に追加