8.血の接吻

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……それでも、 「ゾリスさんに、よろしく頼まれた」 冷たい風に毛先を踊らせながら、切り出した。 「ユーリのことを頼むって、言われた」 病室のベッドで、どこか切なげな目をしていたゾリスさんを思い出す。 思えば、彼はあの時すでに、自分の中に潜むメシアに勘づいていたんじゃないだろうか。 だから、あんなことを言って、あんな目をして、 『それなら安心だ』 あんな呟きを、漏らしたんじゃないだろうか。 「ゾリスさんの最後の頼み、無視するわけにはいかねぇだろ」 だから、ダメだ。 三人一緒に動き、ユーリまで死なせるなんて、絶対にやっちゃいけないんだ。 『……』 しばらく固まっていたオセは、口を開くこともなく、そっと両腕を差し出した。 顔も上げないままの動作は、探偵の名推理に観念し、自首を決意した犯人を思わせる。 オレも何も言わず、ユーリの細い体を、所々が赤く汚れた腕へ横たえた。 オレの腹に触れていたせいだろう。彼女の制服の左腕には、血がべっとりと貼りついている。 今度は右腕も、オセの腹に接したことで汚れた。何か申し訳ない。
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