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小さく、苦笑。
「"こっち"は……ズルいよな」
小さな切り傷を抱えた唇が、柔らかい頬に触れる。
間近から聞こえる穏やかな寝息が、彼女が確かに安息の中にあることを教えてくれる。
(……柔らかいな……)
幾度か抱き締めたから知っている。女の子の体は、とても柔らかくて脆い。
けれど、頬の感触はその比ではなかった。
オレの切れた唇では、触れるだけで傷痕が残ってしまいそうな──この世に存在する全ての物質の中で、最も繊細なもののような。
言葉にすることも叶わない感触に、一種の感動すら抱いてしまう。
顔を離すまでの数秒は、小春日和の日差しのようなぬくもりで、オレの小さな体を満たしてくれた。
白磁を思わせる肌の中に、付着して浮かび上がる赤を、指先で軽く拭う。まるで花を愛でるように、優しく。
くすぐったそうに笑んで身をよじらせる様子が、例えようもないほど、いとおしい。
ああだこうだと美辞麗句を並べ立てて、結局は自分の都合を押し通すだけ。なんて幼稚な決意なんだろう。
でも、まあ……自分で言うのもアレだけど、悪くないんじゃないか?
この血まみれの腹の奥。据えられた覚悟は、確かに鋼鉄になっているから。
それに────
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