8.血の接吻

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「……ふっ」 思わずこぼれた笑みは、何だろう。 とりあえず、オレが馬鹿だということには同意だから、それに関する苦笑かもしれない。 まあ、今さらそんなこと考えても仕方ないわけで。頭を切り替えて振り向く。 そして。 大気を焼きながら迫ってきた、黒い炎の塊を避けた。 背後で禍々しい爆発が炸裂する。たまらず爆風に身をあおられ、凍てつく地面に手をついた。 咳き込みながら顔を上げた先には、 「フェルムは昔、頻繁に"胸くそ悪い"という語を使っていた」 深い冬の寒空を背負い、こちらを隻眼で睨む、黒衣の男。 闇夜から生まれたような錯覚を抱いてしまう、万物の"死"──タナトスだ。 「そのたびに汚いと注意したものだが……なるほど。これは確かに、胸に馬糞を詰め込まれたような気分だ」 すでに血も止まった左目は、しかし光を失っている。乾いて頬に貼りつく血が、まるで涙みたいだ。 反対に、右目の輝きは激しい。険しいとか厳しいとか、そういう次元を超えた力が、そこにはあった。 たった一つになっても、意志が弱まるどころか強まった眼差しを放ち、言う。 「私は貴様が胸くそ悪いぞ、人間」
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