8.血の接吻

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右手は肩に、左手は腰に。それぞれ伸ばした先で白光を灯し、一対の短剣を引き抜いた。 獣の上アゴを模した双子の刃は、暗闇の中でも不気味なまでに浮かび上がる。 「……」 その目が真紅に色づいた、刹那。 勢いよく弾け、刀身にまとわりつく黒い魔力が、量と鋭さを一気に増した。 「【葬獣 冴武裂き】!」 高密度の魔力体を飛翔する斬撃と成し、至近距離から結界へ撃つ。 わずかに神力も含んだ二閃が、結界表面を這うような、巨大な亀裂を残した。 それを認識した、直後。 右京の五感に、ソレが突き込まれた。 「ッ……!」 肌が粟立ち、髪が逆立つ。背筋は悪寒に凍え、危うく歯が震えてしまいそうな恐怖まで感じた。 右京は、知っている。 微風に乗って香るソレを。梢にわずかに残る葉の、寂しげなざわめきと共に聞こえるソレを。見えずとも確かに見える、ソレを。 ソレは、"死"。 この世に生きる全ての命が、知っていながら意識できない、絶対的現象。 その片鱗たちが、細胞の一つ一つに染み渡るほど、細く深いヒビから溢れ出ていた。
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