8.血の接吻

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嫌な予感に背を押され、だめ押しの蹴りで結界に穴を開ける。 砕けた魔力体は意に介さず、蔓延する"死"の中へ飛び込む。オセの方を振り返りもしない。 が、彼の足はすぐに止まった。 「……神崎!」 遠吠えのように呼び声が轟く、その場所。 再開発計画の対象となっていたはずの大規模工場が、消えていた。 人影も建造物もない。虚空を赤と黒が這う空間では、空気まで失せた感覚さえする。 その中に、月光喰らう闇をも畏怖させる"死"の体現者。一人。 「?」 彼は右京の声を聞き、黒で統一した体を振り向かせる。 隻眼になっても衰えを知らない赤が、どんな名刀もなまくらと霞むような、妖しい鋭さを見せつけた。 「お前ッ……」 言いかけて、止まる。 彼の顔には、返り血と思われる暗い赤が、大小様々にへばりついていたから。 色の白い美貌も、艶やかであっただろう金髪も。幾度も血を浴びたことで、どす黒く不気味に染まっている。 辺りで弾ける神力の残滓も相まって、その立ち姿は、驚くほど禍々しい。
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