8.血の接吻

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右京は口を閉ざす。言いたいことは山ほどあるというのに、混乱する脳は声帯を動かせない。 しかし、沈黙は短かった。 「スパイルの契約者か」 重く、雷鳴を思わせる声が響く。 目の前の彼のものだが、右京は、まるで夜空そのものに語りかけられているような心地がした。 「フェルムだけでなくスパイルまで、この調子で行けばクロノスもか……」 上級貴族の最年少当主として名を馳せた彼の目に──否、名を馳せた彼を支配する"死"の目に、あからさまな侮蔑が混じる。 「嘆かわしいことこの上ないな。揃いも揃って二条院の飼い犬に成り下がるとは」 「……お前」 呆れ果てた吐息には返さず、ようやく唇を動かした。 思っていたより、穏やかな声だった。 「誰だ」 「既知の解を求めるか……そう愚劣だと、ただ生きるのも難儀だろう」 片目を失った苦痛の片鱗すら見せず、敢然と立って名乗りを上げる。 「究極生命創造計画・第八世代被験体。『死滅』と『終焉』を司る"死"のメシア、タナトス」 右目が撃つ眼差しは、紅よりもなお赤く、鮮やかに。 「これからは、貴様ら人類の死神だ」
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