8.血の接吻

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彼の正体については、既にオセから聞いていたため、今さら驚きはしない。 ただ、彼の言葉にあった小さな突起が、意識の隅に引っかかった。 「"これからは"ってのは……どういう意味だ?」 その答えも、分かっている。常日頃の態度からは想像もつかないが、右京は桜峰を主席で卒業したのだ。 それでも尋ねたのは、どうしても認めたくなかったから。 受け入れるより突きつけられる形で、現実を自己の内へ取り込みたかったから。 はたして、死神を自称した男は右京の内面を察し、哀れむような目を見せた。 だからといって、 「先程まで、私は神崎 鋼介ただ一人の死神だったのでな。奴を殺した今からは、人類全ての敵になろうと考えた次第だ」 彼は、突きつけることに容赦しないのだけれど。 槍のような返答を受けた右京は、動かない。両手を脱力させたまま固まる。 うつむく両目には、薄い月明かりに白ける地面と、宙を素早く漂う紅黒の稲妻だけが映っている。 今回の沈黙は、先程のそれより長く続き、 「しかし、赤の他人を逃がして死を選ぶとは……下等生物なりに、なかなか滑稽で楽しめたぞ」 タナトスが、まったく笑っていない嘲笑を放ったことで、終わりを迎えた。
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