深夜の逃走劇

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僕の目の前には、くすんだ色のスーツを着込んだ男が居た。ゆったりとした服を着ているし髪もかなり後退していたが、目つきは鋭く、僕の何かを見据えているようだ。そして、高そうな葉巻を、火も付けずにくわえている。 「……ふうむ、お前がねえ」 「男にジロジロ見られる趣味は無いんだけどなあ」 僕が一言呟いただけで、葉巻の脇に控える護衛らしき男達から殺気が流れてきた。葉巻がゆっくりと手を上げると殺気は一応収まったが、なおも来る視線は友好的なものではありえなかった。 「すまないな、ちょっとうちのは先走りしがちでね」 「いいけど、名前も何も聞いてないんだよね」 葉巻がふと葉巻を口から離し、にやりと笑った。僕は急に悪寒を感じて、ただ肩をすくめた。それだけで一つの会話が交わされていた。 「ヴァリアス、とだけ名乗っておこう。お前は?」 「奇遇だな、僕もヴァリアスって名前なんだよ」 ヴァリアスの目が、すっと細められる。また何かを見定めるかのようにしばらく沈黙し、そして口を開いた。 「……ふむ、面白いな。そろそろ本題に移ろうか」 「そりゃ結構。本題なんてあったのかい?」 ヴァリアスが笑う。とりあえず、何かは越えたようだ。僕は釣られて笑っておいた。懐かしい名前だと、ふと思う。
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