―12歳 扉の向こう―

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「行こう」 DJが俺の左腕を掴んだ。目でエレベーターを指す。 だけど俺の足は動かなかった。 どうしても、ここから離れたくなかった。 出来るだけ長くいたかった。 シェリーが去ってしまうまで、気付かれないようにそっと。せめて近くにいたかった。 もう二度と会えないことが、分かっていたのかもしれなかった。 涙のせいでぼやけたDJは、俺を見てからため息をついた。 「ハンスンさん」 あいつは目を伏せたまま続けた。 「あいつ、トマトが苦手なんです」 ハンスンさんは口を開けた。多分、予想外だったんだろう。 俺も思わず目を開いてDJを見つめた。涙も引っ込んでしまった。 「お化けと雷が苦手で、好物はナッツの入ったチョコレートとミートパイ。体育と美術が好きで、でも音痴で。リズム感がないからダンスも下手なんです。わがままでヒステリックだけど……すぐ泣いてすぐ笑うようなやつだから……」 シェリーがトマトを食べれないのは、俺たちが「ドラキュラの心臓だ」とからかったからで。 ナッツの入ったチョコレートは、初めて3人のお小遣いで買ったお菓子で。 ミートパイは誰かの誕生日に焼いてもらう特別なもので。 ファントムで怪談をして泣かせたこと、雷の度に起こされて寝室に向かったこと、シェリーの音痴さは男子にからかわれるからその度に俺が喧嘩したこと。 孤児院でやるクリスマスパーティーのダンスのために特訓したこと。 絵本を読んで、チェスをして。DJの宿題を2人で写して怒られて。 たくさんの、たくさんの思い出。 「あいつを、幸せにしてやってください」
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