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1990年…
世界は、日米を盟主とする東側諸国と、ゲルマニア連邦とソ連を盟主とする西側諸国に、真っ二つに割れていた。
東側が自由主義・資本主義国であり、西側が共産主義国である。
そもそもの原因は、第二次世界大戦終了後の中国大陸での内戦と、欧州でのドイツの台頭であった。
日米が講和し、ドイツが西欧の大半を占領し、イギリスと講和したことにより、1943年4月に第二次世界大戦は一応終結した。
しかし、1943年10月の大阪会談・1945年1月のニューヨーク会談で日米・独ソ間の相互不信が生まれ、10月の国連設立ではそれがさらに強まった。
そんな中、日本国内では1945年9月に治安維持法が反共法として改正。
同時期に公職選挙法が公布され、臣民の普通選挙が認められた。
1945年12月には大政翼賛会が解散し、保守政党「日本国民党が設立された。
他にも、社会党、日本共産党、護國黨、自由民主党などが結党された。
1946年2月の衆議院総選挙では日本国民党が過半数を獲得し、自民党も入れれば3分の2を越した。
こうして、国民党と自民党の連立政権が誕生。国民党党首の中山義明が首相に就任した。
1946年4月18日
帝都東京にて平和条約の締結式が行われた。
同時に、大日本帝國とアメリカ合衆国の間に「日米平和協力条約」が結ばれ、中華民国との間にも「日華平和条約」が結ばれた。
また、満洲国を解体し満洲臨時政府を樹立(1955年には中華民国に復帰する予定)、チベット・ウイグル・東南アジア各国の完全独立も承認した。
そして「大東亜共栄条約」を締結し、亜細亜連合を発足し、ついに大東亜共栄圏を実現したのだ。
加入国は日本と中国を筆頭に、タイ・ラオス・ビルマ・ベトナム・マレーシア・シンガポール・インドネシア・インド・チベット・ウイグル・パラオである。
ラオス・ビルマ・シンガポール・パラオ・チベット(この後、中華民国も)には大日本帝國軍が駐留し、亜細亜の安全保障を守る予定だ。
また、当時の官房長官であった中谷太郎が発表した「中谷プラン」により、日米からの中国と東南亜細亜への投資が加速。
欧州が不況に喘ぐなか、日本を始め亜細亜の経済は類を見ない程早く復興していった。
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