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第1話 小さな事件
-女は,走っていた-
時刻は午前0時。
まだ日も昇らない中,胸に『何か』をかかえて走っていた。
街には赤く点滅する信号や明滅する街灯。
そして、宵闇(よいやみ)に白く光る月の光。
普段は賑やかな色彩を放つ住宅街も、
今は明るさを失い黒や灰色へと色を変えている…
そんな街中を走っていた女は、
やがて一戸建ての家の前で立ち止まった。
「・・・・・。」
無言のまま、視線を玄関に飾られた表札へと向ける。
『鈴-SUZU-』
「っ!!」
目にした瞬間。
言葉にならない声を出し、
何かをこらえる様に下唇(したくちびる)を噛みしめた。
しかしすぐに感情を押し殺すと、
自身の胸に抱えていた『何か』をゆっくりと『鈴家』
の玄関前へ下ろす。
「・・・私にお前を育てる事はできない。」
次第に、月の光を遮(さえぎ)る厚く黒い雲が漂い始めた為、
女は急ぐようにそう告げる。
そして、くるりと背を向けたその女は、
闇に紛れる様にその場を後にした。
玄関前に置かれたその『何か』は、
布に巻かれており中を覗き込むと・・・
―赤ん坊が穏やかな吐息をたてて眠っていた
赤ん坊のそばには,ピンク色のカードが一枚。
カードにはこのように書かれている・・・
『この子の名は,"キク乃"』
―数時間後
雨がしとしとと降り始めた・・・
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