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けれど多分、一番の理由はアレンが隣にいたからだろう。
隣に大好きな兄がいたから泣くのを我慢出来た。そんな想いを摘ままれた服の端から感じたアレンは、単なる謎の居候としか捉えていなかったイリスを、初めて護ってやりたいと思った。
それはきっと、初めてケーキを作ってくれた日から少しだけ距離が縮まったからこそ思えたのだろう。あの時見せてくれた朗らかな笑顔には、そう思えるほどの魅力があった。
春から一緒に通う学園や、その二年後に進学することになる上級学院では色々と苦労しそうな予感がある。その要因にはイリスの人見知りも含まれているが、何より夏休みに学園長から入学条件を言い渡された時、くれぐれもセフィロトでの件は内密にするよう忠告を受けているのだ。
何故そこまでひた隠しにしなければならないのかは解らないが、アレンだって神殿に忍び込んだことがバレて司祭や神殿騎士団から雷を落とされたくはない。それに、最後に人が足を踏み入れたのがどれほど昔かも判らないような森の中心でイリスが眠っていたなどと知られた時、世間の反応を想像すると、何か言い知れぬ不安が胸の奥で渦巻いた。
『―わたし、上級学院に上がったら魔法学部に行くわ―』
思考の連鎖反応なのか、ふとその言葉を思い出した。
祭りから帰って、隣り合った自宅の前での別れ際に、シャルが唐突に言った。自分の『力』はまだ完全には戻っていなくて、だからそれを取り戻す為に魔法学部に行くのだと。
上級学院では実習中に魔物と戦うこともあるそうで、アレンは受けたことがないが(正確には受けられなかったし、また受けるつもりもなかった)、ギルドの依頼にも魔物討伐を目的とするものがあり、あそこに出入りする大人達から何度か話を聞いたことがあった。
酒の肴のつもりの彼らは冗談めいたように、或いは大袈裟に魔物との戦いっぷりを語っていたが、セフィロトの森での経験を経たアレンは、話を聴く度に手に汗を握らざるを得なかった。
あんなモノと、シャルはまた相見えると言ったのだ。
だが、アレンは止めなかった。誕生パーティーや祭りの最中に見せた笑顔にどこか以前とは違う物足りなさを感じていたこともあるが、セフィロトと月明かりに照らされた緋色の瞳に宿った決意を前に、そうすることはどうしても出来なかった。何より、諦めるなと言ったのは自分自身なのだ。
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