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シャルが一族での一件を話さなかったように、アレンもまた、あの時を境に母から剣の指導を受け始めた本当の理由を打ち明けてはいなかった。
多分、知ったらシャルは今回のようなことで少なからず責任を感じるから。そんなことに心を割いている余裕などないのだから、初めて手作りケーキを食べた日を兆しとし、あのお祭りでの一件でようやく妹として思えるようになったイリスを護る為としか説明しなかった。それも理由に含まれていたから、嘘が下手な自分でも悟られずに済んだのだろう。
あの時から、誓いを果たす為に剣を振り続けてきた。
それなのに、そのどれもが果たせなかった。
あの頃よりは強くなったつもりだった。
必要な時に傍にいられなかった。
力になったのは他の人だった。
護られたのは自分だった。
不甲斐なさで、押し潰されそうだった。
それでも、諦める訳にはいかない。
もっと強くなって、必ず誓いを果たしてみせる。
シャルもイリスも、大切な人達を護れるようになってみせる。
だから、再び心に誓う。
あの時神殿で誓い、嘗てこの場で誓ったように。
今も緋い髪を束ねている、あの日贈った髪留めに刻まれた言葉に違わぬよう。
(………ん?)
花束を添えようとして、ふと先に二束添えられていることに気付いた。
一つはシャルの物で間違いないだろう。となるともう一つは……。
「……ま、いっか」
「何?」
「なんでもない。……おっ?」
視線を上げたアレンに釣られて、シャルも空を見上げた。
「あ……」
雨は、止んでいた。
雲の隙間から射し込む光が、湿った街を眩しく照らし出す。
「そろそろ行きましょうか」
「ああ」
傘を下ろして、二人は歩き出した。
「そういえば……」
「ん?」
「あんた、あの時どうやって私のいる場所が分かったの?」
あの時とは、時計塔の屋上でのことだろう。
アレンは当時のことをもう一度思い出してみる。
「ええっと………どうやってわかったんだ?」
「私が訊いてんのよ。もう、相変わらず記憶力の乏しい頭ね」
「大きなお世話だ。忘れたんじゃなくてこう、どう言えばいいのかわからないんだよ」
「はあ?何よそれ」
「知るか」
それっきり、互いに口を閉ざす。
なんだか釈然としないシャルは、あからさまに不機嫌そうな顔をした。
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