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嘗ての災厄より生き残った世界、エルスペロ。
五つの大陸に分かれたこの世界の中心、分断した二つの世界に生命(いのち)の力を送っているとされる大樹セフィロト。それを囲うように発展した学園都市、『学びの庭』の一角にある施設に設置された転移装置が、光と共に唸り声を上げた。
「やはり、長距離転移というのはいつまで経っても慣れないな……」
軽い“転移酔い”に顔を顰めながら、見た目二十歳前後にして荘厳さを纏った青年が、台座に敷かれた魔法陣から一歩踏み出した。
「仕方ありませんよ。こちらに設置された装置は随分古い型の様ですし」
同じく台座から降りた気品溢れる女性が、困ったように苦い微笑みを浮かべた。歳は青年より上だろうか、落ち着いた物腰が板に着いていた。
そんな、自分とは違い“至って平然とした”様子の女性を見た青年は、彼女の八面玲瓏さを改めて実感したことで生まれた微小の感情を、転移酔いで顰めたままの顔の中に紛れ込ませた。
「では参りましょうか、姉上。この時間なら、昼時には間に合うでしょう」
「えぇ、一刻も早く」
はきはきと返された台詞に、青年は首を傾げた。確かに時間を無駄にはしたくないが、別段彼らは一刻を争っている訳でもなかった。
ふと、装置が置かれた部屋の出口へ向かう姉の足取りが、妙に軽いことに気が付いた。気の所為だろうか、彼女の気品さに合わせたドレスを纏った全身から、高揚感と期待感が滲み出ているようにも感じられる。
「……予め申し上げておきますが、移動はランドハウスではなく馬車です」
ピタリと、女性の歩みが止まった。
やはりか、と青年は少し嘆息する。
「あんな巨大な物が街中を走れる訳がないでしょう。さあ、参りますよ」
「………はぁい」
打って変わって、女性の声はしょぼくれていた。
† † †
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