236人が本棚に入れています
本棚に追加
そんな他愛のないやり取りをして歩いていた二人は、行く手にあった大きな植樹が視界に入った辺りで、ふと足を止めた。
植樹に注目がいったというよりは、それを見上げている人物に意識が傾いたのだ。
見慣れない、貴族が着用するスカート部分の少し膨らんだドレスを纏った女性だった。豪華、きらびやかではなく、華麗と形容した方が正しいドレスを、あくまでも自らの引き立て役として着こなしている。
少し、風が凪いだ。
胸の辺りまで伸びた癖の強い栗色の髪が靡き、耳の後ろに掬い上げたことで見えた少し大人びた横顔を見て、
(綺麗な人だな……)
素直に、アレンはそう思った。それを目敏く察知したイリスの視線には気付かなかったが。
と、女性がこちらに気付いて柔らかく微笑んだ。
「こんにちは」
「あっ、と……こんにちは」
「こんにちは」
突然話し掛けられて、アレンは慌てて挨拶を返した(最後の挨拶は勿論イリスだ)。
「自然が多いというのは、良(よ)いものですね」
「はぁ、まぁ……」
三人がいるのは魔法学部と武術学部の校舎間に設けられた広場で、その前後の道沿いには街路樹のように木々が植えられている。
要領を得ない言葉に何と答えれば良いのか判らず、アレンはつい曖昧な声を返してしまった。「そうですね」とでも言っておくべきだったかと、若干後悔する。
しかし、栗色の女性は特に気に障った様子もなく、変わらず笑顔を向けていた。
髪よりも少し濃い色の瞳が、じっとアレンを見つめる。
「えっと、何か……?」
「……いいえ、何でもありません」
所在無げに訊ねたアレンに、女性はゆっくり首を振った。とてもじゃないが、何でもないとは思えなかった。
「実は、連れと逸れてしまいまして。申し訳ないのですが、案内して頂けませんか?」
困ったような口調なのに、どうにもそうは見えない。
「はぁ、別にいいですけど。どこにですか?」
後頭部を掻きながら訊ねると、女性は柔らかい微笑みを、ニッコリとしたものに変えた。
「食堂」
最初のコメントを投稿しよう!