第二章 第一話:『兄と姉』

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   試験期間ともなれば普段は人が疎らな北の大図書館と言えども人口密度が急激に高まるのだが、それも筆記試験が終わるまでの話だ。昼休みを終えた今頃は、どこの学部でも明日からの実技試験に備え、代わりに訓練室や実習室が人で埋め尽くされていることだろう。  故にこそ、普段疎らな大図書館には殊更人影がなく、いるとしても、実技に使えそうな魔法を今更探している魔法学部の無謀な一年生や、実習室が空くまでの時間潰しに仮眠を取りにきた上級生といった顔触れだった。  その中、ノア=レヴィウスは一人真剣な眼差しで書物に目を通す。  明日は実技試験だと言うのに、机に山のように積まれている本の背表紙に、それに関連した題名は見当たらない。やけに綺麗に積まれた本の山々は、『魔法構成理論 初級編』や『詠唱基礎I』などの基礎的な物から『多様化された魔法、その理由とは』や『魔法と魔導』といった専門的な物まで、教本論文随筆自伝お構いなしに実に様々な内容が揃えられていた。  そこから取り出され、机に広げられた『世界の魔導師を辿る』という題名の本に、髪と同色の漆黒の眼差しを走らせる。 『―世に名だたる魔導師を幾人か挙げるとすれば、真っ先に思い付くのは、初代イグニスを始めとする「先導者」達だろう。神の加護を授かる偉大なる魔導師達は、その力を以て大陸分断の絶望に伏した人々を―』 『―また、現代では大司祭アブラムもその例に漏れない。神聖魔法の使い手でもある彼は神殿騎士団に於ける―』 『―最も近年に名を知らしめたのは、地の大陸の魔導科学者、エインズリー博士だ。古代の魔導機械を研究するついでとばかりに「失われし魔法(ロストスペル)」を解析―』  軽く息を吐いて、顔を上げた。  両目の間の辺りをグッと押さえて、何度か瞬きを繰り返す。 (……いかんな)  どうにも当初の目的から逸れていると、積み上げられた山々がもう一度積み直されて数十分経ってから、ようやく気付いた。  近くの掛け時計に視線をやると、既に夜の七時を回っていた。昼休みを挟んですぐここへやってきたことを考えると、どうやら相当深く集中していたようだ。  とはいえ、それで調べ物が捗ったかと言われれば、正直首を横に振らざるを得ないのだが。
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