第二章 第一話:『兄と姉』

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   広大な学区の中を、生徒達は何も徒歩だけで移動しない。学区では、路線馬車の代わりに無人の路面電車(魔導電動式車両の略)が動いているのだ。  これは何年も昔に技術学部の工学系を専攻する生徒達と魔法学部の魔導工学を専攻する生徒達とが卒業課題として合同で造った物で、以来最終学年が一年を通して取り組む卒業課題の候補には、路線の増築や車両の改良も加えられていた。またその整備管理が関連科目を学ぶ生徒達に課せられた使命でもある。  ガーデンにはこのような学生主体で作り上げた物が分野を問わず多くあり、年々高まっているそれらのレベルは他大陸でも十分に通用する物ばかりだ。とりわけ魔導科学技術に於いては、それを主要研究対象としている地の大陸に追い付かんばかりの向上ぶりで、毎年視察にやってくる関係者諸氏を唸らせていた。  張り巡らされた線路の上で、 学園北門から第三十八区画方面行きの大型の鉄箱が、ややゆっくりと車輪を滑らせる。  細々と、時には大幅に加えられた改良のおかげで、嘗ては半日続けて駆動しただけで交換しなければならなかった動力(風の派生属性である雷属性の魔石を機械と組み合わせている)は、今では月に一度のメンテナンスと半年に一度の魔石の交換で済んでいた。無論、その他の部分はもっと短い間隔で整備しているが。  振動は微弱。技術的には限りなく小さく出来るという話だが、風情か何かのこだわりらしくこの状態で保たれている。  その中で横に広く備えられた座席に凭れながら、窓の向こうで過ぎ行く街灯を背に、ステラは憂鬱に揺られていた。 「はぁ……」  外と同じくらい暗い表情で、数十度目の溜め息を吐き出した。  気が重い。周りに大勢いる学生達の雑談が耳に届く前に押し潰されてしまうくらいに。  あと数十分後に、再び姉達と会う。会わねばならない。それが嫌で嫌で堪らなくて、結局五限目の復習は身が入らなかった。  姉達が嫌いなのではない。二人のことは先の通り尊敬しているし、何を考えているか解らなくてもルナがいつも自分を気に掛けてくれていることは感じており、いつも眉を寄せているマルスが実際に叱り付けてきたことなど一度もないのだ。  それでもこれほどまでに気が進まないのは、後ろめたさの所為だった。医療学院の入学試験を放り出した、自らが誇りとしていたものから逃げ出した後ろめたさの……。
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