第二章 第一話:『兄と姉』

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 家族には黙って出てきたのだから、こうなることは解っていた。寧ろ黙って出てこられたのは医療学院の試験日程が二月の中旬と遅かったからであり、本来ならばこれはガーデンへやってくる前に直面していた問題なのだ。そのツケが、時間の経過と共に増した後ろめたさを引き連れてやってきたというだけだった。  どんなに溜め息を吐こうとも、逃げ出すことなんて出来はしない。それは理解しているつもりだ。それでもやはり、会いたくないという思いは消えてはくれない。  そんなことを延々悶々考えているうちに、路面電車の揺れが収まった。窓の外を見ると、すっかり見慣れた通りが目に入った。  ……このまま、もう一周してしまおうか。  そんな考えが、一瞬過ぎる。 「ステラ、降りないの?」 「……いえ、今行きます」  が、昇降口に向かうリオンが振り返る形で訊ねてきたので、諦めたように首を振って車両を降りた。  ゆったりと走り去る駆動音を背後に、二人は同じく下車した学生達に紛れて目の前の通りを歩いていく。  学生寮エリアは第一から第三十八までの区画に分かれており、一つの区画につきおよそ二十棟あまりの寮がある。当然ながら数が若い区画の寮ほど昔に建てられた物で、何度か補修を繰り返してはいるものの最初期に建てられた物は相当ガタがきているらしく、特に第一区画から第五区画までは、今年度から大々的な改築工事を行う為に全面立ち入り禁止の表札が貼られた仕切りに囲われていた。  ステラとリオンは最も新しい区画、第三十八区画の同じ寮に住んでいる。そのことが入学してすぐ知り合った切っ掛けの一つでもあり、ステラが新入生クエストにリオンを誘ったことにも繋がるのだが、残念ながら二人の出逢いを鮮明に思い出すゆとりのない濃い茶色の瞳は、すぐ手前に現れ続ける歩道を眺めるばかりだ。リオンはあまり自分から喋る方ではないのでいつもはステラから話し掛けているのだが、今日はステラにそんな余裕がなく、かと言ってリオンも自分のスタイルを崩すつもりがないので、淡い夜道を進み続ける二人の間に会話はなかった。  そうしている間に周りを歩いていた学生達が一人、また一人と自分達の寮へと帰宅していき、やがて二人以外道を歩く者がいなくなった頃、ようやく(とうとう)自分達の寮に着いた。
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