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『―中途入学の試験まではまだ時間がある。それまでに気持ちを整えておけ―』
そう告げて、昨夜ルナとマルスは自治区に取ってある宿へと帰っていった。夕飯を一緒に食べ損ねたことでルナの頬が膨らんでいたのには、幸い(?)気付く余裕はなかった。
食事も摂らないままベッドに潜り込んだステラの頭の中では、姉と兄の言葉が延々巡り続けていた。
姉は、自分ならすぐに同期となる筈だった医院の生徒達を追い越せると言ってくれた。本当に自分にそんな実力があるかは分からないが、それはつまり、姉の期待でもあるのだろう。
兄は、そうすることが自分への罰だと言った。本当に一度逃げ出した場所へ戻ることが罰になり得るのかは分からないが、それはつまり、兄も自分がしたことを許していないということなのだろう。
ステラ自身、自分がしたことは長い歴史を持つ一族への冒涜だとさえ思っているし、“それもあって”こちらへ来たのだ。再び医者の道を歩むことが贖罪なのだとしたら、そうすべきなのかもしれない。
では、果たして本当に、元の居場所へ戻っても良いのだろうか。と寝返りを打って考えた。
マルスの言う通り、どこへ行こうとも自分がティエラの者であることに変わりはない。故にガーデンへやってきたばかりの頃は、これ以上一族の名を汚すまいとする想いでいっぱいだった。
そしてそれと同じくらい、自分の腕が人を救うのではなく壊すことに長けているという事実に、自身の『力』そのものに引け目を感じていた。医学部に入らなかったのも医学関連の授業を取っていないのも、みなその為だ。
だが今は――あの灰色の火山で命懸けの冒険をした今は、少なからず『力』に対する引け目に関しては気持ちが薄れていた。
言ってくれたのだ。こんな自分でも幸せを見付けて良いのだと。証明してくれたのだ。こんな自分でも誰かを救えるのだと。あの力強い緋色の眼差しが、自身の身体に纏わり付いていた錘を少し取り除いてくれたのだ。
だから、戻れと言われた瞬間、少し心が揺れた。
では何故、首をまっすぐ縦に振れなかったのか。
理由は、解っている。
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