自己紹介

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 僕が入学した当時は、池田大作氏も元気で日本国内の拠点と呼ばれる巨大な学会支部と海外諸国を巡り歩き、自ら創立した創価大学にしばしば訪れていた。  年齢を感じさせないくらい溌剌としており、精力的に行動していた。    池田大作氏を初めて近くで見たのは、5月下旬くらいだったと思う。  あまり記憶に残っていないのだが、本校舎の廊下で近くの女子学生が一斉に黄色い声を張り上げていたので、初めて気が付いた。  護衛の黒服が周りを固めており、彼は満足そうな笑顔で学生達にときおり手を振った。  多分そのとき富士美術館で、ナポレオン展をしていたので、その関係だろうと思う。  その時の感想は、『あー、この人が創価学会トップで創価大学創立者の池田大作さんか。』程度で、特に何も無い。    当時、よく創価大学体育館において、池田大作氏は講演会を行った。  若干滑舌の悪いべらんめえ口調、大きな身振りをしながら自信に満ちた話し方をし、また時おり周囲を巻き込むかのように指揮者のごとく手を振るい、聴衆に一斉に返事をさせ、満足げな笑顔を浮かべた。  もちろん聞く側は創価学会員がほとんど、どんなに下らないギャグであろうと、大盛り上がりだ。  しかも聞く側は大興奮、半ばヒステリーを起こしたような女子学生の、「先生ーっ!!」という黄色い絶叫が時々響き渡る。  話す内容は案外支離滅裂なのだが、翌日の聖教新聞では修正され、当日の講演とはもはや別物だ。  池田氏の講演は録音禁止で、テープレコーダーの持ち込みは禁止、メモを取ることすら許さない。  聴衆はとにかく興奮しているので、おかしな部分には気が付かないでいる。    一番印象に残ったのは、池田氏が講演会を終えた後だ。  椅子から立ち上がれない女子学生が、毎回何人か必ず出る。  その女子学生は、何故か必ず泣いていた。  感動のあまり泣いているだけでなく、実は興奮のあまり失禁していたり、たまに脱糞までしていたりする。  決して大袈裟ではない。  僕も一度講演途中で異臭を感じ、吐き気を催した事がある。  だがとても中途退席は出来ない雰囲気で、吐き気と闘うハメになった。
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